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伊藤博文 暗殺者ゆえに暗殺者に倒されたリアルアサシン

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伊藤博文  尊王攘夷派の志士暗殺の実行者
【勤皇】 愛刀:特になし
1841年 剣術修行は特になし 
周防国(山口県)熊毛郡束荷村出身
184年~ 1909年(  黒龍江省ハルビン市で暗殺死)
初代日本国総理大臣であり、 明治政府指導者の1人として辣腕を振るったのは万人の知るところですが、政治家である前に伊藤博文は実は策士の中の策士であり志士の中の志士でもありました。
松下村塾に学び、幕末期の尊王攘夷・倒幕運動に参加し、 桂小五郎(後の木戸孝允)の従者となり長州藩の江戸屋敷に移り住みました。 そも頃、幕府の要人で公武合体論を主張する長井雅楽の暗殺を画策したり、 品川御殿山の英国公使館焼き討ちに参加したり、 幕府の国学者 塙 忠宝の暗殺を実行したりと、伊藤博文の行動は武力革命家そのものでした。しかも人知れず暗殺や焼き討ちを画策実行するなどはまさにリアルアサシンそのものです。
第一次長州征伐では 力士隊を率いて挙兵したり、 武士・庶民からなる混成部隊の 奇兵隊に参加したりと、荒行の武力革命家として、表舞台で活躍するまでは維新の陰で暗躍しました。
伊藤博文は「自分は畳の上では満足な死に方はできぬ、敷居をまたいだときから、是が永久の別れになると思ってくれ。」と常に家人に話していたそうです。自分の行いはいつか自分に跳ね返ってくることをおそらく分かっていたのでしょう。

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