【佐幕】か行

近藤勇 天然理心流4代目を継承した気迫の剣士

更新日:

近藤勇 天然理心流4代目を継承した気迫の剣士
【佐幕】愛刀:虎徹
天然天然理心流 免許皆伝 四代目宗家 新撰組局長
武蔵国多摩郡出身
1834~1868 享年34歳 斬首刑
近藤勇が継承した天然理心流は太刀筋の美しさではなく気迫必殺を重んじる流派でした。近藤勇の鬼気迫る剣豪としての実力、天然理心流の巌烈をさらには行動勇率いる新撰組の名を天下に轟かせたのは1864年の『池田屋事件』でした。20数人もの尊王攘夷派の志士らが謀議中だった池田屋に近藤勇、沖田宗総司、永倉新八、藤堂平助のたった4人で乗り込み、9名を斬殺、4名を捕縛と堂々たる戦果をあげました。
近藤勇の剣術は実戦のための剣術です。沖田総司は近藤勇の弟子にあたりますが、竹刀での立合いでは多流派を礎とする沖田総司が勝利することが多かったそうです。他流試合でも近藤勇に勝る剣士は数多くいました。しかし、ひとたび真剣での斬り合いとなると天然理心流の本領を発揮します。流儀の基盤は技術よりも心構え「気組」にありました。気合で相手に迫り刹那に斬り込む必殺の剣でした。池田屋事件の折、逃げ出した志士らを待ち構え応戦していた新撰組の隊士らは屋内かに響き渡る近藤勇の怒髪衝天のごとく狂気をもはらんだ声に恐怖を感じたと伝わっています。
【経歴】
1834年 武蔵国の農家に生まれる
1849年 天然理心流3代目近藤周助の養子になる 16歳
1863年 壬生浪士組局長にその後、新撰組局長に就任 29歳
1864年 池田屋事件 これを機に新撰組の名は世間に轟く 30歳
1868年 前年、御領衛士の残党に銃撃され負傷を負い戊辰戦争の鳥羽・伏見の戦いには不参戦 甲州・長沼の戦いに参戦し敗北。新政府軍に捕縛され板橋処刑ばで斬首刑

-【佐幕】か行
-, , , , , ,

Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.

Copyright© 幕末維新 もののふ(武士)列伝『勤皇』『佐幕』 , 2018 AllRights Reserved Powered by STINGER.